朝ドラ『風 薫る』の多江は、第30回で父・仙太郎に「看護婦になる」と本音を伝えた人物です。
医者になりたかった玉田多江は、父の見合い話と養成所退学の圧力に揺れながらも、高熱で倒れて看護される経験を通して、看護の意味を自分の中でつかみ直しました。
この記事では、朝ドラ『風 薫る』の多江とは誰なのか、父・仙太郎との対立、第28回・第30回の流れ、モデルとされる桜川里以との関係、今後の注目ポイントまで整理します。
<div style=”position: relative; padding: 1.8em 1em .5em; margin: 2em 0; border: solid 3px #5ab9af; background: #ffffff;”> <span style=”position: absolute; display: inline-block; top: -1px; left: -3px; padding: 0 9px; height: 25px; line-height: 25px; font-size: 17px; background: #5ab9af; color: #ffffff; font-weight: bold;”> この記事を読むとわかること </span> <ul style=”margin: 0; padding: 1em 0 0 1.5em;”> <li>朝ドラ『風 薫る』の玉田多江がどんな人物なのか</li> <li>多江役・生田絵梨花さんの役どころ</li> <li>多江の父・玉田仙太郎との関係と見合い話の流れ</li> <li>第28回・第30回で多江に何が起きたのか</li> <li>多江が「医者」ではなく「看護婦」を選び直した意味</li> <li>多江のモデルの一人とされる桜川里以とのつながり</li> </ul> </div>
朝ドラ『風 薫る』多江とは?生田絵梨花が演じる奥医師の娘
玉田多江は、NHK連続テレビ小説『風、薫る』に登場する梅岡女学校付属看護婦養成所の第1期生です。
演じているのは、生田絵梨花さん。
多江は、旧幕府に仕えた奥医師を父に持つ家に生まれ、幼い頃から医療を身近に感じて育った女性として描かれています。
主人公の一ノ瀬りん、大家直美たちとともに、近代看護を学ぶ仲間の一人です。
ただし多江は、最初から穏やかに仲間へ溶け込む人物ではありません。
優等生気質で意識が高く、自分にも他人にも厳しいところがあります。
そのため、りんや直美たちとぶつかる場面もありました。
けれど、多江の厳しさは単なる気の強さではないと私は感じます。
医者の家に生まれ、医療の世界を知っていたからこそ、「自分も医療に関わりたい」という思いが誰より強かった。
その願いが強いぶん、看護婦養成所での学びにも、仲間との関係にも、少し力が入りすぎていたのかもしれません。
強く見える人ほど、本当は心の奥で「認められたい」と震えていることがあります。
多江のまっすぐさは、誇りであり、同時に傷つきやすさを隠す鎧でもあったのだと思います。
風 薫る 多江の父・仙太郎とは?第28回で見合い話が浮上
多江の父は、玉田仙太郎です。
演じているのは吉岡睦雄さん。
仙太郎は医師であり、多江の進路に大きな影響を与える人物として登場します。
第28回では、多江が日曜日に実家の診療所へ戻った際、父から見合い話を告げられます。
相手は、太田先生の次男。
父にとって、多江が看護婦養成所で学んでいることは、娘が一生をかける仕事というより、医師の家に嫁ぐための準備に近いものでした。
つまり、仙太郎は看護を「嫁入り前の修業」のように見ていたのです。
多江にとって、ここがいちばん苦しいところだったはずです。
自分は医療に本気で関わりたい。
けれど父は、その学びを娘自身の夢として受け止めていない。
このズレが、第30回の大きな対立へつながっていきます。
流れを整理すると、次のようになります。
- 多江は奥医師の家に生まれ、医療を身近に育つ
- 本当は医者になりたい思いを抱えていた
- 梅岡女学校付属看護婦養成所の第1期生になる
- 第28回で父・仙太郎から見合い話を告げられる
- 父は多江の看護の学びを「嫁入り前の修業」と捉える
- 多江は心労も重なり、第30回で高熱に倒れる
- 看護される経験を通して、看護婦になる思いを父に伝える
この父娘の対立は、「古い父」と「新しい娘」という単純な構図だけではありません。
仙太郎にとっては、娘を守り、家を守り、現実的な幸せを用意することが父親としての責任だったのかもしれません。
けれど多江にとっては、それが自分の人生を閉じ込める檻になっていた。
愛情と支配は、ときどきとても近い顔をします。
『風、薫る』の多江と仙太郎の関係には、家族だからこそ言葉が届かない痛みがありました。

第30回で多江に何があった?高熱と看護が転機に
第30回では、多江が高熱で倒れ、声も出なくなります。
心配したりんや直美たちは、多江を看護しようと部屋へ向かいます。
けれど最初は、なかなかうまくいきません。
病人に何をしてあげればよいのか。
相手が声を出せないとき、どう状態を読み取ればよいのか。
ただ「心配している」だけでは、看護にはならない。
この場面で、バーンズ先生は生徒たちに課題を思い出すよう促します。
ここがとても重要です。
『風、薫る』は、看護を「優しさ」だけで描いていません。
相手の状態を見る。
必要なものを考える。
声にならない苦しさを想像する。
看護には、気持ちと同じくらい観察力と技術が必要なのだと、第30回は多江の体調不良を通して見せていました。
さらにこの回では、多江の父・仙太郎が学校へやって来ます。
娘の体調を案じて来たのかと思いきや、この日は見合いの予定があったため、多江が帰宅しなかったことを受けて学校まで来たという流れでした。
仙太郎は、校長の梶原に対して、多江を退学させる方向で話を進めようとします。
高熱で声も出しづらい多江にとって、この場面は心にも体にも重い瞬間だったはずです。
けれど多江は、そこで初めて自分の本音を言葉にします。
「嫁入りの修業」ではなく、看護婦になりたい。
医者ではなく、看護婦になりたいと心から思っている。
第30回の多江の言葉は、父に反抗するためだけのものではありません。
自分自身に向けて、「私はこの道を選ぶ」と言い直す言葉でもありました。
多江はなぜ医者ではなく看護婦を選んだのか
多江はもともと、医者になりたい思いを抱えていました。
父や兄のように医療の中心に立ちたい。
医師の家に生まれた多江にとって、それは自然な憧れだったのでしょう。
ただ、明治という時代において、女性が医者になる道は簡単ではありません。
多江はその現実の中で、看護婦養成所へ入ります。
けれど最初の多江にとって、看護は「心から選んだ道」というより、医者になれなかった自分がたどり着いた場所という面もあったのではないでしょうか。
だからこそ、第30回で看護される側になる展開が効いてきます。
多江はそれまで、看護を学ぶ側でした。
でも高熱で倒れ、声も出せなくなったことで、患者の側に立ちます。
自分の苦しさをうまく伝えられない。
誰かに気づいてもらうしかない。
そのとき初めて、看護が「医師の補助」だけではないことを、体で知ったのだと思います。
看護とは、患者のいちばん近くで不安を受け止める仕事。
医師が病を診るなら、看護婦はその人の暮らし、痛み、怖さ、沈黙まで見ようとする仕事。
私は、多江がここでつかんだのは「看護婦でもいい」ではなく、「看護婦がいい」という感覚だったのだと感じました。
これは、とても大きな違いです。
夢をあきらめた先に看護があったのではなく、看護される経験を通して、夢の意味が深くなった。
多江の成長は、敗北ではなく選び直しの物語なのだと思います。

りん・直美との対比で見える多江の役割
多江のエピソードは、りんや直美との対比によって、より深く見えてきます。
一ノ瀬りんは、栃木・那須地域の元家老の家に生まれ、娘の環を育てながらトレインドナースを目指す女性です。
大家直美は、生後まもなく親に捨てられ、キリスト教の牧師に育てられた人物です。
りん、直美、多江は、それぞれまったく違う背景を持っています。
りんには母としての現実があり、直美には生い立ちからくる孤独があり、多江には医師の家に生まれた誇りと重圧があります。
脚本構造として見ると、多江は「医療を知っている側」から看護へ入ってきた人物です。
一方で、りんや直美はそれぞれ別の人生の痛みを抱えながら、看護という新しい道へ進んでいます。
だから多江は、看護という職業が「医者の下」ではなく、ひとつの専門性を持つ仕事だと示すうえで、とても重要な役割を担っています。
医療の家に生まれた多江でさえ、最初は看護の価値を十分に見切れていなかった。
その多江が、患者側の経験を通して看護の尊さを知る。
この流れによって、視聴者もまた「看護とは何か」を多江と一緒に学ぶことになります。
特に第30回は、看護婦養成所の仲間たちが、知識を実践へ変える回でもありました。
学んだことを、目の前の人にどう使うのか。
優しさを、どう役に立つ形へ変えるのか。
多江の発熱は、ただの体調不良ではなく、養成所の生徒たちにとっても試験のような出来事だったのだと思います。
風 薫る 多江のモデルは桜川里以?史実との距離感
玉田多江のモデルの一人、またはモチーフとされる人物として語られているのが、明治期の看護婦・桜川里以です。
桜川里以は、慶応2年、1866年生まれとされる女性です。
水戸藩の儒学者の娘として生まれ、のちに上京し、近代の女子教育やキリスト教に触れた人物として知られています。
明治20年、1887年には桜井女学校附属看護婦養成所へ入学。
近代看護を学んだ第1期生の一人として紹介されることがあります。
ただし、ここで大切なのは、玉田多江が桜川里以そのものとして描かれているわけではないという点です。
『風、薫る』は史実をもとにしながらも、登場人物やエピソードをドラマとして再構成した作品です。
そのため、「多江=桜川里以」と断定するよりも、「桜川里以ら明治期の看護婦たちの歩みを背景に作られた人物」と見るほうが自然です。
多江の物語には、当時の女性が置かれていた状況が重なります。
家の期待。
結婚という進路。
女性が専門職として生きることへの壁。
そして、看護という新しい職業がまだ十分に社会へ理解されていなかった時代の空気。
多江が父に向かって看護婦になる意思を伝える場面は、個人の進路選択であると同時に、明治の女性たちが「家の役割」だけではない人生を求め始める姿にも見えます。
ここに、『風、薫る』という作品の大きな意味があると私は思います。
多江と父・仙太郎は和解した?第31回以降の注目ポイント
第30回では、多江が父・仙太郎に看護婦になりたい思いを伝え、仙太郎も最終的に多江の道を認める流れが描かれました。
仙太郎は最初、看護婦になっても大したことはできないという厳しい言葉を向けます。
けれど、多江の本気を目の当たりにし、最後には自分の病院で働く道を示します。
この展開は、完全な和解というより、父が初めて多江の意思を「娘のわがまま」ではなく「仕事への覚悟」として見た瞬間だったように感じます。
ただし、ここで問題がすべて解決したわけではないでしょう。
多江が看護婦を目指すことを認められたとしても、これから本当に看護の専門性を社会の中で示していけるのか。
父の病院で働くことになった場合、多江は医師の娘ではなく、一人の看護婦として認められるのか。
第31回以降では、そこが注目点になりそうです。
特に、多江がりんや直美とどのような関係を築いていくのかは大きな見どころです。
これまでの多江は、自分の理想や焦りから、周囲とぶつかることがありました。
けれど高熱で倒れ、仲間に看護された経験を経たあとの多江は、以前よりも人の弱さに近づけるはずです。
看護婦として成長するためには、知識だけでは足りません。
自分も弱ることがある。
誰かに助けられることがある。
その事実を知った多江が、これからどんな看護を身につけていくのか。
私はそこに、多江の物語の本当の始まりがあるように感じています。
『風 薫る』で多江が担うテーマは「看護の価値を言葉にすること」
多江の物語でいちばん大切なのは、看護の価値を自分の言葉で語り直したことです。
医者になれなかったから、仕方なく看護婦になる。
父の言う通り、嫁入りのために少し学ぶ。
もし多江がそのまま流されていたら、看護は彼女にとって「誰かに決められた場所」のままだったはずです。
でも第30回で、多江は違う言葉を選びました。
看護婦になりたい。
心からそう思っている。
この言葉は短いけれど、とても重いものです。
なぜなら多江は、看護される側を経験したあとに、その言葉へたどり着いたからです。
『風、薫る』全体で見ると、多江は「看護は何のためにあるのか」を視聴者へ伝える役割を担っています。
りんは母として、直美は孤独を抱えた女性として、そして多江は医療の家に生まれた女性として、それぞれ違う入口から看護に出会います。
その中で多江は、医療の近くにいたからこそ見落としていたものを、患者になることで見つける人物です。
これは脚本として、とても美しい反転だと思います。
近すぎて見えなかった価値が、弱った自分の身体を通して見えてくる。
多江の高熱は、彼女の夢を止める出来事ではなく、夢の向きを変える出来事でした。
私は、多江の決断に「夢は形を変えても、自分のものにできる」という静かな希望を感じました。
望んだ道そのものではなくても、そこで出会った意味が、自分の人生を支えてくれることがある。
多江はそのことを、誰より痛みを通して知った人なのだと思います。
よくある質問
朝ドラ『風 薫る』の多江役は誰ですか?
玉田多江を演じているのは、生田絵梨花さんです。
多江は、梅岡女学校付属看護婦養成所の第1期生で、医師の家に生まれた優等生気質の女性として描かれています。
風 薫る 多江の父・仙太郎役は誰ですか?
多江の父・玉田仙太郎を演じているのは、吉岡睦雄さんです。
仙太郎は多江に見合い話を進め、養成所を退学させようとしますが、第30回で多江の看護への思いと向き合うことになります。
第30回で多江はなぜ看護婦になると決めたのですか?
多江は高熱で倒れ、声が出ない状態で仲間たちに看護されました。
その経験を通して、看護が医師の補助ではなく、患者のそばで支える大切な仕事だと実感し、自分の意思で看護婦になる思いを父に伝えました。
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<span style=”position: absolute; display: inline-block; top: -1px; left: -3px; padding: 0 9px; height: 25px; line-height: 25px; font-size: 17px; background: #5ab9af; color: #ffffff; font-weight: bold;”> この記事のまとめ </span>
<ul style=”margin: 0; padding: 1em 0 0 1.5em;”> <li>朝ドラ『風 薫る』の多江は、生田絵梨花さんが演じる梅岡女学校付属看護婦養成所の第1期生</li> <li>多江は奥医師の家に生まれ、医者になりたい思いを抱えていた</li> <li>父・玉田仙太郎は第28回で見合い話を進め、多江の看護の学びを嫁入り前の修業のように見ていた</li> <li>第30回では多江が高熱で倒れ、りんや直美たちに看護される</li> <li>バーンズ先生の指導により、生徒たちは看護が気持ちだけではなく観察と実践の仕事だと学ぶ</li> <li>多江は父に「看護婦になる」という本音を伝え、看護を自分の道として選び直した</li> <li>多江のモデルの一人として、明治期の看護婦・桜川里以が語られている</li> <li>多江の物語は、近代看護の価値と女性が自分の人生を選ぶ意味を映している</li> </ul>
</div>
多江の物語は、ただ父に逆らう話ではありません。
医者になりたかった女性が、看護される側になって初めて、看護という仕事の深さを知る物語です。
父の期待、家の事情、見合い話、仲間との衝突。
そのすべてを通って、多江は「誰かのために用意された道」ではなく、「自分で選ぶ道」へ足を踏み出しました。
『風、薫る』の多江は、最初から答えを持っていた人ではありません。
迷い、倒れ、助けられ、それでも自分の言葉を取り戻した人です。
だからこそ第30回の決断は、静かに胸へ残ります。
夢は、思っていた形のまま叶わないこともあります。
それでも、その先で出会った道を自分のものにできたとき、人はもう一度、前を向けるのかもしれません。
多江の「看護婦になります」という言葉には、そんな小さくて強い光がありました。



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